後悔

私は小さい頃から祖母に面倒を見てもらった。

沢山沢山、大きい愛を与えてくれました。

そんな祖母は3月頃体調を崩して入院になった。

何度か入院中会いに行って私の名前を呼んでくれた。

私はその時地元から離れて島根にいたので

写真ばかりを見直していました。

8月頃、夕食の準備をしていた時に母から連絡があった。

「おばあちゃん、そんなに長くないかも知れん。でも、お母さんが精一杯頑張るき。コロナ落ち着いたら帰ってきちゃって。今度テレビ電話でおばあちゃん写すね」との事だった。

それから、8月の昼休みに母に病院の祖母とテレビ電話を繋いでもらった。祖母はベッドの上に横になり、目が開かず。目を開けると目眩と吐き気がするそう。

食事も水分も入っておらず、点滴のみだった。

私は必死に「もう少しで高地に帰るようにするき、諦めたらいかんで。おばあちゃん!ひ孫見ないかんで!頑張りよ!」と精一杯伝えた。

「はいよ〜」と目を閉じながら、しんどそうに言う祖母。

ずっと祖母の写真を見返してた。

なかなか、コロナウイルスの事で実家に帰れず

9月になった。9月になってから、また母から電話があって「病院の先生に、もう長くないかも。その心づもりでいてくださいと言われた」との事だった。

私も大阪に引っ越しをするから、有休を取って実家に帰るつもりだった。その時に祖母に会いに行って看取りが出来たら、何か施す手が出来たらと思ってた。

でも、高知に帰る前日に母から

「病院から心肺停止の連絡が入った」との事だった。

その時はまだ涙が出ず、次の日に車で実家へ向かった。

泣きながら、ただただ焦る気持ちと後悔の気持ちと。

もう少し同棲するのを遅らせていれば

最後まで祖母と一緒にいれたら。

なんで自分はこんな時に付いてあげれなかったのか。

沢山沢山涙が出て、棺に入った祖母を見て寝てるように感じた。

祖母もまだ祖母の家にいるような気がした。

お骨も、私の部屋に置いてもらって実家にいる時は

祖母のお骨から片時も離れず安心した気持ちになった。

後悔する前に沢山会えるものなら会って

伝えれる思いは沢山伝えた方がいいと本当に思った。